サイト案内
HONDA 360 諸元表
私と HONDA 360
N360 21万キロ走行記録
ステップバン360
30万キロ走破の記録
HONDA Z 放浪記 他
N360ツーリング写真集
画像をクリックして下さい
HONDA 360 イラスト集
画像をクリックして下さい
|
私と HONDA 360
【 P-1 】
【 P-2 】
【 P-3 】
【 P-4 】
空冷 Z360 投入
1971年10月。『空冷ホンダZ』が発売された。
テールゲートの形状が水中メガネに似ている事から
『水中メガネ』と言う愛称で親しまれた。
ラインに流れてくる前から雑誌などで、大体の形は
解っていたが、何も取り付けていないボディを初め
て目にした時は衝撃的だった。
なかには、当時、日産自動車の対米用輸出モデルから
発祥した、『フェアレディZ』にフロントマスク回りが
似ていると言う人もいたくらいだ。
カタログに載っているファントム戦闘機とのツーショトは
印象深い。室内のインテリアも豪華で、タコメーターが
標準装備されたインパネもスポーツカーを彷彿させるものだった。
狭山工場渡し価格
ACT \340,8000
PRO \396,000
TS \386,000
GT \426,000
GS \463,000
テールゲートラバー取り付け
エンジンは『N360』の空冷2気筒を踏襲しており、足回りも
スタビライザーが標準装備になった以外あまり変更箇所は無い。
私の居た班での作業で変わったのは、ガソリンタンクの
取り付けと、フェールポンプの取り付け、それに一番の
変更点は特徴的なテールゲートのシールラバーだ。
揺れるハンガーに吊るされたZのボディのフランジに、
ゴム製のシールラバーを貼り付けなければならない。
4ー5mmのフランジに表、裏接着剤を専用のガンで塗る。
長さ3m余りのゴムを張っていくのだが、力の入れ加減で
少し伸びたりするので、最後にはゴムが余ってしまい、
一度剥がしてから接着剤を付け直して貼り直すことになる。
どうしたら誰でも長さを調整して短時間に貼り付け出来るか
考えた挙句、最後の方に接着剤を多めに塗って、ゴムが完全に
貼り付くのを防ぎ、余った分を縮めて長さを調整するように工夫した。
反対番の勤務の人がどうしても出来ないというので、残って
貼り方を教えてあげたこともある。
フェールポンプ取り付け
フェールポンプの取り付け位置がN360ではエンジンルームに
ついていたものが、Z ではリヤーシートの下につくようになった。
ボディ側はナットの取り付け位置が合っているのだが、
カバーは鉄製のプレスされた物で、その上ゴム製のブッシュを挟んで
取り付けなければならない為、インパクトドライバーで締め付けると
ビスを斜めに締付けてしまう事があった。タップを使用して、その場で修正
しなければならない。
作業者が間に合わないため、私が替わりに修正する事になって、
夢中で直しているうちに、ハンガーごと下の階に降ろされたこともあった。
ハンガーをスイッチの操作でコンベアーに降ろす作業をしていたのは、
秋田県から期間限定で来ている方で、酒がめっぽう強いので、名前を
もじってウワバミさん(本人に大受け)と私が呼んでいた人がさすがにびっくりしていたのを
思い出す。
最高機種 Z GS
生産体制が整った1971年1月に発売されたのが、HONDA Z の最高機種、
『GS』である。N360E型エンジンの4速ミッションのサイドカバーに、ギヤーを
1速分追加した5速のドグミッションを備えた。フロントにサーボ付きディスク
ブレーキが付き、高速走行なども考慮し、フロントダンパーなども
強化されていた。
空冷から水冷へ ライフ360
それまでのホンダの空冷2気筒エンジンが、排気ガスやエンジンの騒音など
いくつもの理由により、水冷化されることになった。最初に搭載されたのが
1971年5月に販売開始された、『HONDAライフ360』である。
それまでは車の名前を記号で付けていたが、初めて『Life360』と
付けられた事等を併せてを考えると、本田技研の大きな転換期だったのだろうと、
今さらながら思う。
水冷2気筒、S,O,H,C(シングルオーバーヘッドカムシャフト)2バルブ
のシングルキャブレター仕様31馬力モデルと、ホンダ得意の『CVキャブレター』を
2連装した36馬力モデル。カムシャフトの駆動には、おそらく国産市販車では
初めて採用されたであろう、タイミングベルトを使用していた。
エンジンが横置きの為、ラジエターをクランクシャフトからの動力で
回すには、方向を変換しなければならない為にラジエターの冷却に
電動ファンが採用されたのも大きな特徴だ。
N360のエンジンバランスの悪さと低速トルクを補う為に巨大化した
クランクシャフトを小さくして、エンジンを小型化するとともに重量を軽減する
目的だと思われる、バランサーシャフトなども付けられていた。
2ドア、4ドアの各モデルが用意され、バンタイプもあり、AT車も用意された。
電動ファンの事
新設計のエンジンにより、エンジン音はN360と比較すると格段に静かになった。
また、電動ファンはエンジンが冷えている時は作動せず、水温が93度に達した時
に作動するため、エンジンの温まる時間も早くなるというメリットも生まれた。
後に、電動ファンを作動させるためのセンサーが壊れてオーバーヒート
してしまい、ヘッドガスケットが抜けるトラブルが発生した。
それまでのエンジンはクランクシャフトから直接動力を取っていたエンジンが多く、
なんらかのトラブルがあると、オーバーヒートした時に、点検修理を受けたが、
ライフの場合殆どの時間ファンは回らないので、一時的に水温計の針が上がっても
走り出すと、メーターの針が下がる為オーバーヒートと解らなくて、そのまま
走ってしまい、エンジンルームから蒸気が出て、始めて修理を依頼する事が多かったようだ。
そんな事があってか、後に、完検を済ませた車のフェールメーターを交換する作業を
した事がある。
水温系の右側に表示された、赤い部分を広くしたものを貼り付けて、
水温計の針が赤のマークに近くなったらオーバーヒートの可能性があるので
早めに点検することを促した。
しかしこの問題は、ドライバーの責任に依るところが大きいのではと思う。
当時の技術と走行距離、使用年数からみてやむおえないことだ考える。
タイミングベルト
今では当たり前になった事だが、タイミングベルトの点検、調整、交換を
怠った事に依り、走行中に切れたり、アイドリング中に切れてしまったことが
多かった。ベルトが切れるとピストンが上(上死点)になった時に、バルブが
開いていて、ピストンとバルブが干渉して大抵の場合バルブが曲がる。
シリンダーヘッドを外してバルブを交換する作業を余儀なくされる為、費用も
掛かり、あまり評判は良くなかった。
タイミングベルトについて、メーカー、販売店の説明が足りなかったことも
あると思う。またある意味ではタイミングベルトが切れる、10万kmまで大きな
トラブルが無く走り続けられる耐久性の証明だったのかも知れない。
改善提案の事
『改善提案』という制度があった。生産する車の事、設備の事、環境の事、その他
どんな事でも、改善したい事案を規定の用紙に記入して提出する。
採用されると、その内容に応じて、コーヒー券や現金が支給された。
今考えてもすばらしい制度だと思う。
その頃は、強制ではないが、月に何件か提出するように薦められていた
ような気がする。
退社するまでに何件かが採用され、『銅賞』を頂いた。
その中で、今でも記憶に有り、ホンダ技研に少しは貢献したような事がある。
ライフ360のドアーシールラバーを取り付けるのに、初めはドライバーを使い
サッシュにはめ込んでいた。それでは塗装が剥がれる部分が出来て、後に
錆が発生すると思い、なんとか良い方法が無いか試してみた。
そこで、ゴムハンマーを使用して軽く叩いてみると、ものの見事にサッシュに
入る。また、ドライバーで入れるとラバーが伸びる為、最後に全体を寄せて
調整しなければならなかったのが解消され、作業時間も一気に短縮出来た。
我ながらすばらしい発見だと思い、早速改善提案として提出し金壱千也を与えられた。
今見ても、ゴムは傷んでいる車は多いが、サッシュが錆びている車は殆どない
のを見ては一人悦に入っている。
水冷 Z360
1971年11月、水冷エンジン搭載の『HONDAZ』が生産開始された。
ボディは、空冷Zとほぼ同じ、エンジン足回りはライフと同じために作業はスムースに
進んだようだ。ミッションは5速があったが、ブレーキはドラムブレーキ仕様のみだった。
1972年11月、Zハードトップ発売。ドアーサッシュやセンターピラーをなくした
本格的なハードトップとして誕生した。クォターウインドウは上下に開閉出来る
ようになった。フロントグリルもデザインが変更になった。
スペアータイヤの取り出し口が廃止されたのも大きな変更点だ。
東京店頭渡し価格
SS \368,000
GT \429,000
GL \455,000
GSS \461,000
水中メガネと呼ばれた特徴的なテールゲートを持つ
昭和48年式HONDA Z ハードトップ
サイドミラーの位置はオーナーの手によってドアーミラーに変更されている。
ステップバン360
1972年9月発売のステップバンは『鈴鹿製作所』で生産されていた。
現在販売台数で圧倒的なシュアを持つ、ミニバンの原型の様な
ボディ形状をしたモデルであったが、主に貨物として使用される
ことが多かった。
エンジンがライフ等と同じレイアウトで、前方にあるので
その分荷台の寸法が短くなってしまう。軽自動車の長さの規格
3m以内ということを考えるとボンネットの分約50cmのロスは
致命的であったのではないだろうか。また『ピックアップ』も
荷台部分が小さくて使用範囲が限られ販売台数は伸びなかった。
主に牛乳配達用に使用されていたのが印象に残っている。
生産が中止されてから、何年も経ってから、残存台数が少なく、
特異なスタイルから、中古市場で大人気になった。
特に『ピックアップ』は台数が少なく100万円を超えるプライスが
付いた車を見かけることも少なくなかった。
東京店頭渡し価格
スタンダード \376,000
スーパーデラックス \403,000
販売台数が余り伸びない事と『CIVIC』の増産に伴い、本田技研の
プレス部品やガソリンタンクを作っていた『八千代工業』に設備を
移動して生産されるようになった。
続きを読む 浜松、鈴鹿出張の事を掲載してあります。
|